2026年10月26日「奈良漬の歴史と発酵の科学――シルクロードの贈り物を、奈良の未来へ」



奈良漬は、シルクロードからの贈り物。土地と人、伝統と科学をつなぐ食文化。
私たちが日々口にする野菜にも、遠い土地から旅をしてきた歴史があります。久保功先生※は、その来歴に目を向け、「シルクロードからの贈り物」という言葉で、野菜と食文化のつながりを伝えてくださいました。奈良漬を考えることは、奈良だけを見ることではなく、この土地へ届いた恵みと、それを受け継いできた人々を知ることでもあります。
シルクロードの交流拠点であったサマルカンドと奈良市は、2022年に姉妹都市提携を結び、2027年に満5周年を迎えます。古代の交流を振り返りながら、今の交流へとつなぐ節目です。遠い土地の野菜を受け取り、土地の食文化として育ててきた歴史は、今日の私たちの仕事にも重なります。
長屋王家の木簡に残る瓜やなすの粕漬けは、約1300年前の食の記憶です。現在と同じ製法ではありませんが、食材を生かす知恵が、奈良の都にあったことを伝えています。この歴史を、今の奈良でどう受け継ぐか。それが奈良屋本店の地産地消の出発点です。
「オール奈良を目指して」。奈良の野菜を奈良で塩漬けし、奈良の酒粕を用いて、奈良で漬け込む。約30年前、その歩みに協力してくださったのが、奈良市大柳生地区・大和高原野菜研究会会長の松本さんでした。地産地消は産地の表示だけでなく、育てる人と漬ける人が、共に仕事を続けていく関係だと考えています。
春鹿から仕入れた酒粕も、すぐには使いません。丁寧に踏み込んで空気を抜き、カビの繁殖を抑え、野菜を軟らかくする酵素の失活を待つ。夏頃まで寝かせ、色や熟成の指標を確かめてから使用します。待つことと、見極めること。その両方が、食感と味を支えています。
現場で抱いてきた疑問は、奈良先端科学技術大学院大学の渡辺大輔准教授との出会いを通じ、共同研究へとつながりました。奈良先端大との共同研究では、酒粕中で乳酸発酵が進むことが科学的に実証され、成果は2025年に米国微生物学会が刊行する国際学術誌に掲載されました。経験で見てきた変化を、科学の言葉でも確かめる。それは、伝統の仕事をより深く理解するための歩みです。
そして私は、その仕事にシンフォニーとの共通点を感じます。異なる楽器の旋律が重なり、響きに深みが生まれるように、塩分や糖分、水分活性、pH、酸度などの関わりが味を形づくる。五線譜の音符を微生物に見立て、旨味を育てる熟成をハーモニーにたとえています。安全性は衛生管理と測定で確かめながら、全体の調和を探し続ける。
伝統とは、燃え尽きた灰を守ることではなく、燃え続けること。遠い土地から届いた恵みを、奈良の人々と育て、科学で確かめ、次の時代へ渡す。それが、奈良屋本店の奈良漬づくりです。
※ 久保功(くぼ・いさお)先生
野菜文化史研究センター所長(紹介資料掲載時)。古代史料をもとに、野菜や漬物の歴史・文化を長年研究。
著書:『野菜は世界の文化遺産―人がおりなす野菜の文化史』(淡交社、1996年)。


